冷静と情熱と冷水と温水のはざまで
約20年前に書かれた小説である。竹野内豊とケリー・チャンが演じた映画のほうを知る人も多いであろう。イタリアのフィレンツェを舞台に繰り広げられる恋を扱ったもので、江國香織と辻仁成が交代でストーリーを書く交互連載という形が斬新だった小説だ。
その一方、
冷水と温水のあいだ。
と聞くと、何を思い浮かべるだろうか。「温冷交互浴」を想像する人が多いのではないだろうか。温冷交互浴とは、温かいお湯につかる温浴と、冷水につかる冷浴を、交互に行う入浴方法である。人によっては自律神経の乱れを治し「整い」を与える儀式、いうなれば沐浴とみる方もいるそうだ。
この「冷水と温水のあいだ」だが、どこにあるのか。
無論、フィレンツェではない。
パプアニューギニアである。
パプアニューギニアは南西太平洋の、オーストラリアの北、インドネシアの東に位置する国である。太平洋戦争の舞台にもなり、美しい自然とともに悲しい歴史も刻まれた地である。「冷水と温水のあいだ」は、そこにある。
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2010年、私はパプアニューギニアのラバウルという地を旅行で訪れた。実はこの地には天然温泉がある。といっても皆がイメージするような日本の天然温泉ではない。スーパー銭湯の露天風呂でもない。腰掛けるのにちょうど良い丸みを帯びた石なんてない。
そうではなく、この天然温泉…正確には「海」なのだ。活火山が近くにあり、地面から温水が湧き出ているが、すぐに海に流れ混ざっていく。このため、「温かい水の層」と「冷たい水の層」が別れた温泉の海になっている。水と油が分離したドレッシングをイメージすると分かりやすいだろうか。
場所によっては熱いところもあれば、冷たいところもある。温冷うまく混ざっていい湯だな…と感嘆の声をもらす場所もある。一度いい湯のポイントを見つけても、水の流れによってまたポイントが変わる。マーブルに染まった地図の上での宝探しみたいだ。
さらにこの温泉、驚くことに魚まで泳いでいる。魚と言ってもグッピーとかファインディングニモみたいな、きらきらひかる鑑賞魚ではない。
ドクターフィッシュである。
ヒトの角質を食べる習性がある魚で、手足への刺激が神経を活性化するとかしないとか。マッサージやリラクゼーションの効果もあるらしい。ドクターフィッシュ。いやすごくない?もくもく煙を吐く火山を見ながら、温泉入って温冷浴しながら、魚に角質まで食べられるとか。何それ?人生振り返って近しい体験とか思い出せる?なくない?
あと地元民の中には、温水が湧き出るところで卵とか鶏肉とか野菜とか茹でてる人もいた。自分もちょっと食べさせてもらったんだけど、海水の塩味がついててうまいのよ。なんで温泉に入りながら、鶏肉とか卵とか食ってんだ?って頭はバグるけど。地元の人とも笑いあい、何事にも代えがたい経験だった。
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「冷水と温水のあいだ」に、君は何を見るだろうか。整う事や調和を求めるのもひとつだろう。だが世界には、ドクターフィッシュが泳ぎ、卵や鶏肉を茹でて食べる「冷水と温水のあいだ」もある。そこには「自由」がある。
自粛が続き、知らぬうちに遠慮しすぎるメガネザルみたいになってしまったならば、いつか君もパプアニューギニアのラバウルに行くといい。鶏肉や卵を持って行って、現地の人と分けあって食べてみるといい。誰とでもうまくやれる姿勢でその地に混ざり、思いわずらうことなく愉しく生きよう。Stop, staying.その日まで。